日. 7月 21st, 2024


皆さんNBA優勝というタイトルにおいて思い浮かぶ選手といったら誰ですが?

多くのファンは計11回優勝したビル・ラッセル、6回の優勝に輝いたマイケル・ジョーダン、最近のNBAから見始めたという方は4回の優勝であるレブロン、あるいはゴールデンステイト・ウォーリアーズが思い浮かぶ方が多いと思います。

しかしながら優勝というタイトルにおいて忘れてはいけない男、「ロバート・オーリー」を思い浮かべる方も少なからずいると思います。

今回は勝負強く、3つチームで計7回の優勝を経験したロバート・オーリーについて書こうと思います。


ヒューストン・ロケッツ時代

ロバート・オーリーは1992年のNBAドラフト全体11でヒューストン・ロケッツに指名され、そこで最初の4シーズンを過ごしました。

彼のキャリア1年目では遠慮してシュートを打っており勝負強さ、つまり「クラッチプレイヤー」と呼ぶにはまだ早い選手でした。

そんな中、チームはロバート・オーリーをトレードに出し、ショーン・エリオットを獲得することに決めました。しかしながらオーリーは運が良い男です。トレードで獲得したショーン・エリオットは腎臓に問題を抱えており、フィジカルテストをパスできませんでした。そのためオーリーは既にトレード先のピストンズのユニフォームをもらい、選手との挨拶を済ませた後に元のヒューストン・ロケッツに戻りました。

その時、トレードされないために遠慮せずシュートを打つことに決めたらしいです。

このことから、クラッチプレイヤーと呼ばれるようになり、ロールプレイヤーとしてロケッツのキーメンバーとして活躍、結果プレイオフでは数々のクラッチプレイを残し、1994、1995でロケッツの2連覇に貢献しています。

しかしながら悪魔でかれはロールプレイヤーです。なのでトレードは彼には付き物です。
良い活躍を見せていたロケッツはチャールズ・バークレーの獲得のため、フェニックス・サンズに彼は送られてしまいます。

フェニックスでの活躍はGMにタオルを投げつけたぐらいなので割愛します。

ロサンゼルス・レイカーズ時代

サンズにトレードされてしまった彼ですが、やはりラッキー、1997年にレイカーズにトレードされます。

彼はレイカーズで1997年から2003年まで所属します。ここは正直書かなくても知ってる方が多いと思うのですが、SHAQ&KOBEのサポートとして大きく貢献し2000~2002年で3連覇を果たしています。ここでも数々のクラッチプレイをかましています。

彼の有名なクラッチプレイを↓に載せておきました。



サンアントニオ・スパーズ時代

2003-2004シーズンのオフにオーリーはフリーエージェントとなり、サンアントニオ・スパーズと契約します。

彼は2008年までスパーズに所属し、スパーズの2度の優勝に大きく貢献し、引退しました。
貢献には一応ナッシュの件も含めることにしましょう。


まとめ

NBAで16年プレイした彼は計7回の優勝に輝きました。これは1960年代のセルティックスでプレイしていた選手以降で最大のものとなっています。ただ彼は忘れ去れやすい選手となっているので書かせていただきました。現代のNBAでもこんな選手がいたら面白いですよね。最後に彼のクラッチプレイ集を乗せときます。



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